特別対談「鬼滅の刃」編「煉獄杏寿郎の生き様」 – 第3回 精神の根底にあるもの~力を持つ人間としての責任~その2

特別対談「鬼滅の刃」編「煉獄杏寿郎の生き様」
「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」のビジュアル(C)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

精神学で言うなら、煉獄さんは武術の才能をもって鬼から人を守るプログラムを持って生まれてきた人で、お母さんから力を持つ人として果たすべき役割をきちんと教えられて育った。日本で力を持った人の正しいあり方を伝える役割を背負っていたキャラクターということになりますね。

昔からのかっこいい日本人としての精神性が映画に反映されているから、こんなに流行ったってことなんですね。

多分そうだと思います。日本で最も尊敬されないのは、力だけ持っていて尊敬されない人。

横暴な人とか、確かに嫌われる人って大体そういうパターンですね。少し前までは、毒があって、世の中ひねくれた見方をしている人がウケていましたよね。

それに憧れる人も多かったけれど、今の鬼滅世代にはそういう価値観は受け入れられなくて、それは元々日本人が持っていた精神性とリンクするような考え方が「鬼滅の刃」にはあったからですかね……?

話が飛ぶよ。さっきアイロニカル、反語的精神というようなイメージを言ったと思うけれど、あれは戦後の日本教育の結果なの。

団塊の世代的ですよね。

はい。その背景を説明すると、ヨーロッパにおける知識階級の概念というものが近代に入ってきて、それで日本で知識人と言われる人は物凄くアイロニカルというか反語的になったの。ヨーロッパの人間社会で一般的とされる価値観の背後に、知識階級の人は何か歴史的な悪意のようなものを感じとっていて、進歩的であるためにはどうしなければいけないのかということを考える文化がヨーロッパの文化的特性としてずっとあったの。

こういうアイロニカルな考え方が哲学の伝統の中で続いていたもので、それを日本の知識階級が真に受けて、ちょっと斜に構えて世の中のことを評論家的に解説してみるのがかっこいいという時代が結構長い間続いたのよ。それを評論家的姿勢と言ってもいいのだけれど、今のマスメディアのほとんどの人達がその立場になっちゃったの。

評論家というか、それを評論家と呼ぶべきかどうかというところはありますけれど。

それが悪いけれど、一般的に言われる進歩的文化人と言われる者の特質です。多分、これがカッコいいという思いがあるの。

多分、若い世代から見るとダサいという評価しかない気がする…。

そうだと思うよ。

でも、その教育を受けてきた人からすると、それが一つの到達点になってしまうということですよね。逆に、戦後75年で新しく日本に入ってきた価値観だから、今後それを超えて更に新しい価値観を導入する世代というのが今の小中学生の鬼滅世代になると考えられますね。教えられてきたことを鵜呑みにすると、マスメディアでよく見るようなスタンスの人ができる訳じゃないですか。

うん。「鬼滅の刃」に熱中している、特に幼稚園児たちは、私に言わせるとね、魂の揺り戻しが起きている状態なの。日本人の魂が戦後75年間、西洋型もしくは米国型の価値観で染められたのだけれど、子供たちの魂は伝統的な日本の価値観に回帰しつつあるということだと思うよ。

次の記事 ⇒ 対談シリーズ「無神論の教育が作り上げたもの」〜成績デコボコトリオは考える〜その1

特別対談「鬼滅の刃」編「煉獄杏寿郎の生き様」 – 第3回 精神の根底にあるもの~力を持つ人間としての責任~その2
特別対談「鬼滅の刃」編「煉獄杏寿郎の生き様」 – 第3回 精神の根底にあるもの~力を持つ人間としての責任~その1
特別対談「鬼滅の刃」編「煉獄杏寿郎の生き様」 – 第2回 煉獄杏寿郎の精神~天道の志士と子供たち~その1
特別対談「鬼滅の刃」編「煉獄杏寿郎の生き様」 – 第2回 煉獄杏寿郎の精神~天道の志士と子供たち~その2
特別対談「鬼滅の刃」編「煉獄杏寿郎の生き様」 – 第1回 煉獄杏寿郎の才能~天才とは魂のプログラムだった?~その2
タイトルとURLをコピーしました