特別対談「鬼滅の刃」編「煉獄杏寿郎の生き様」 – 第3回 精神の根底にあるもの~力を持つ人間としての責任~その1

特別対談「鬼滅の刃」編「煉獄杏寿郎の生き様」
「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」のビジュアル(C)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

日本の精神文化の話をこれまでしてきましたが、話を聞けば聞くほど、「鬼滅の刃」は大正時代の精神性をよく出している作品だと感じます。これほどの精神性が日本で培われたのには、どんな背景があるんでしょうか?

日本の伝統文化の中にある「武術」が日本独特の進化を遂げたのはなぜなのかと考えたらいいのです。

武術というのは、柔道や剣道などでしょうか。

そうです。剣術の柳生流じゃないけれど、「人を生かすために剣の道を極めなさい」というのが日本の武術です。どういうことかというと、強きものは人間的に尊敬されるような者でなければ免許皆伝をされる地位に着くことはできないのです。皆の大好きな宮本武蔵の話をしてもいいですか?

はい、そうぞ(みんな大好きだっけ…?(コソコソ))

(有名な剣豪だったというのは一応知ってるけど…(コソコソ))

皆が考えている宮本武蔵と、本当の武蔵の一生は少し違っています。宮本武蔵の後半生というのははっきりしていて、熊本県のお寺で座禅をしながら五輪の書を書くのだけれど、その前に天草の戦いに参加しています。城壁をよじ登るときに、上から落ちてきた石を避けられずに怪我をして陣を去って、それで終わっているの。

(想像以上に寂しい終わり方……(コソコソ))

(華麗な人生かと思いきや、意外にしょっぱい…(コソコソ))

彼が到達した剣の道を大名家がなぜ採用しなかったかというと、私の推論だけれど、宮本武蔵の剣は極めて人を殺すことに特化していたからだと思います。五輪の書は普通の人には難しくて分からなかったのでそれも普及しなかったと。

五輪の書は神仏を頼らず人の力だけで強くなるというのがテーマでね、宮本武蔵の剣術の究極の形は、神仏すらも頼らずに自分ひとりで闘えるだけの技量と精神力を身に着けるということなの。ただ、それだけの能力を持った人間が世の中に対してどういう貢献をするのかという所が人生では問われるの。

それが煉獄さんの生き方に繋がってくる?

何のために鍛錬して、何のために強くなるのか、それを正しく使うべき舞台が用意されなければ、宮本武蔵の一生と一緒になるわけです。

ただ力があっても、その力が振るわれなければ何の意味も持たないんだ…!

宮本武蔵は弟子を作ったし、養子をもらって宮本家も残したけれども、武術家としての一生としては満足のいくものではなかったと思いますよ。では何のための武術家なのかというと。多分、宮本武蔵が到達している武術は、神にも仏にも頼らず人間はここまで到達できるというものなの。で、それを極めたのが日本の武術で、日本の各武術の総家というか開祖の人達の伝承や伝記は沢山残っているのだけれど、彼らはみんな、はっきり言って超能力者です。

超能力者!

今でも解明されていないので、古武道の研究家の人がいろいろなことを言っているし、その延長上に、私の知っている人で言えばバックミンスター・フラーの共同研究者であった梶川さんという人がいるのだけれど。

(リチャード・B・フラー…富士山の丸いレーダードームの構造を考えたすごい建築家だっけ…)

その梶川さんの所に、武道をやっている人たちがフラーモデルで使われている原理と同じ知識を持っているといって学びに来ているの。フラーモデルの構造というのは引っ張る力によって成立しているので、古武道の本質も押す力ではなくて多分引く力なの。刀は引くことによって切れるし、柔道も引く力なの。道を極めるということは引く力を極めるという所に関係があるのだと思います。要するに攻撃的なものではないの。

相手の力がないと成り立たない武術だと。

それが日本の武道が伝えてきた本質で。もっと分かりやすく言うと、戦国時代の武道というのは、組手ができなかったら生き残れないので、そのころの武道は今で言ったらレスリングですよ。刀も持っていない鎧兜(よろいかぶと)をきた相手と素手で闘って勝つということができないと一流とは言えなかったの。それが、江戸時代になって剣術という形で剣一本を使ってどうするのかという、物凄くソフィスティケイト(洗練)された剣術というものに発展していくのだけれどね。

どちらにせよ、日本の場合は「道」を極めるという特性があるので、道を極めるためには、人を殺すのではなくて人を生かすためにはどうしたらいいのかみたいな精神的な話を必ず始めるの。それが多分力を行使する人の義務だということを知っていたのだと思います。そういう文化的な背景があったらから「鬼滅の刃」の煉獄さんがみんなの目にはかっこよく見えるの。それは多分日本にしかない武術の文化だと思います。

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