特別対談「鬼滅の刃」編「煉獄杏寿郎の生き様」 – 第2回 煉獄杏寿郎の精神~天道の志士と子供たち~その1

特別対談「鬼滅の刃」編「煉獄杏寿郎の生き様」
「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」のビジュアル(C)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

「鬼滅の刃」は子供たちにも大変人気が出ています。「鬼滅の刃」を読んだ子供たちが、自分も煉獄さんのように生きたいと思って、世のため人のために自分の力を使いたいと思った時に何を学べばいいですか?

日本の子供たちって、アニメ・漫画から学ぶものなんじゃないの?

私の答えはね、はっきり言うと、合気道でもいいし、武術でも剣道でも柔道でもいいけど、日本の古武道というものをやりなさい、ということ。スポーツと身体の動かし方が全然違うから。一番重要なのは、子供の頃に「殴ると痛い」ということを体に教えないといけないの。「殴られると痛い」じゃなくて、「殴ると痛い」が大事なの。

「鬼滅の刃」にもそんなエピソードがありましたね。最強の剣士である継国縁壱が,子供の頃に、侍を志す兄と同じように侍になりたいと言って、剣術を習っていた兄の真似をして刀を振ったけれど、人を殴る感覚が耐え難く不快で、それ以降侍になりたいとは言わなくなったというエピソードがありました。

「殴ると痛い」ということがわからない人間は一流になれない、というのが日本の武道の伝統の中にあるから。一流というのはそういうことなのよ。要するに弱者のことがわかっていなければ戦ってはいけないの。子供の言葉で言うならば、昔の子供は「弱い者いじめをするな」って絶対言われているはず。今は多分そう言われていない。そこに戻ろうという力が今すごく働いているのだと思います。

今回の「鬼滅の刃」の映画で言ったら、映画の終盤で炭次郎が、太陽から逃げる鬼の猗窩座(あかざ)に「逃げるな、卑怯者!」と言っていましたが、そこに古武道の精神があらわれていますね。弱いものいじめも卑怯者がやることです。結局「鬼滅の刃」に出てくる鬼は全員、卑怯者ですから。

変なこと言ってもいい?

どうぞ。

「鬼滅の刃」が精神学でいう、地球の過去二千年のテーマとしての神と悪魔の戦いのストーリーだとするならばね、鬼は卑怯でいいのよ。なぜかというとね、自分の存続と引き換えに悪魔に魂を売った存在だから。自分だけは生き延びたい、だから卑怯にならざるを得ないの。

まさに鬼ですね。

そういう日本精神の根底に触れるようなパーツが散りばめられているので、あの「鬼滅の刃」はあれだけの動員力を持っているのだと思います。それがジブリの映画と決定的に違うのは、ジブリは悪いけれど戦後民主主義というか、どちらかというと左翼思想のある種の平和な理想主義を立脚点にして作られたものなので、悪というものを描き切れないのよ。

それがある意味評価されてきたわけですね。ジブリには悪役が出てこないというのがポジティブな評価だった。それは今までの話で、まだ日本人が「鬼滅の刃」でいう鬼、つまり、悪魔的な存在と戦うことができなかった時代の話だから、これまで日本人にウケていたということのですか?

そう。ただね、それが世界でもウケていたのは、根がいい人にとってはあの物語は心地いいの。いい人にとっては心地いい物語ではあるけれど、そのいい人が悪魔くんとの闘いの物語に出た時には、必ず敗北するよってことだと思うよ。

星白さんと二人で話をしていた時に、ジブリってハッピーエンドがないねって。みんな主人公が幸せにならないよねという話をしていました。

状況的に幸せになりそうに無いよねという話をしてたよね。例えばラピュタの終わりって、パズーとシータが二人で田舎の方に引っ込んでいくけれども、人生のテーマには何にもけりはついていない。あれは結局元の穏やかな暮らしに戻っていきましたという話ですよね。

ジブリと「鬼滅の刃」の間にあったのが「君の名は」だと思います。

あれも結構フィーバーを起こしましたけど、ジブリと新海誠の世界と「鬼滅の刃」という観点があるなという話を榊白さんと二人でしていました。

新海誠に関しては、私的にすごく分かりやすくと言うとね、あれは日本の今の男の子なの。

そうですね、描かれているのは現代っ子な日本の男の子だ!

新海監督の作品はそういう意味での共感度が高かった。

そう。でもあなた方に聞きたいけれどさ,新海誠が描くあの男の子と付き合いたいと思います?

ヘタレ!(反射的な回答)

確かに、ヘタレって言葉がぴったり!

と、いうことなのだと思うよ。でも、新海誠の描く世界に共感する若い子はいっぱいいて、その生きづらさとか痛みとかはみんな共有しているのだと思うけれどね。あぁ君、人生中高年になったら大変だよねという印象しか僕なんかは残らないけどね。

そういう意味で、「君の名は」と今回の「鬼滅の刃」は決定的に違うバックグラウンドのある作品なのですね。

根本的な精神性が全然違いますね。日本古来の精神性と、現代のもやしっ子の精神性と。

主人公を比べるとすごく分かりやすいですね。

だから一応ね、「鬼滅の刃」はあの時代設定が上手なの。あの世代の人達が第一次世界大戦を戦って第二次世界大戦を戦ったの。

日本軍の精神性がそれだったってことですね。

うん、良くも悪くも日本軍があそこまで強かったのはそういう精神性を持っていたからだよ。

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