対談シリーズ「実学・精神学」その1~ちゃんと学ばなければ、頭は働かない。~

これまで精神学を勉強してきましたが、精神学の知識はいろいろな場面で役に立ってきました。精神学は実践的で、本当に実学だと思います。そのあたりどうですか、会長?

うん、実学だというのはそうだと思うよ。精神学を勉強しないと頭が働かないままなの。
なぜ頭が働かないままになるのかというとね、戦後の日本の教育で神話の教育をやめたでしょ。

神話の教育をやめることによって、歴史教育がある特定のイデオロギーを説明するための歴史観に基づくものになってしまったの。その結果として、国の物語は本来は時間が継続しているんだけれど、それがプツンプツンと切られて、部分ごとにしか学ばなくなった。そうすると、一貫した継続性があるストーリとして歴史が頭の中に入らないの。教育の結果、物事を継続して考えられる頭ではなくて、部分部分だけの記憶が残る頭の構造に変えられるのよ。

ああ、なるほど。昔から歴史の授業は苦手だったんです。流れが全然頭に入らなかったからなのか。

そうだよ。それが変な話だけど、数学でも一緒でね。物事の始まりと終わりは思考系の中では一緒なの。だから、今の日本の教育では「なんでかな?」というクエスチョンに対して考え続けるという訓練が、はなから無視されているのよ。

はい!(挙手) 会長!

はい榊さん。

部分部分でしか物事を考えられない頭の構造というのに、心当たりがあります。
会社で仕事をしていると、その場その場の式に答えを出す思考しかできない人をたくさん見かけるんです。

例えば、1+1=2という式が、1+2に変わります、という条件になった時に「3」という答えは出せる。けれど、1に足す数字が2に変わることによってどんな影響があって、何に波及するのか、本当に2という数字に置き換え可能なのか? プロジェクトの一連の流れの中でこういった物事を考えられない人が沢山います。
でもそれができないとプロジェクトは回りませんので、全体を見てバランスをとれる人のフォローが必要なんです。

まさか、この状況の原因が教育にあるとは…! 日本の教育によって作られた頭の構造を、再度作り替える必要がありますね。

戦前の教育の方が、その点ではまだましだったの。
良いとか悪いとかは別にして、戦前は神話を教えてね、日本にはこういう歴史がありましたというファクト(事実)も教えていたの。それが戦後になって一つのイデオロギーに偏ってしまった結果、何が起きたのかというと、要するに、工場で働くための労働者を作るための教育にしかならなくなってしまった。

前回のお話でもそんな話がありましたね。今の教育は工場労働者しか作れない教育で、それ以外の人材が育たない教育ということですか?

そう。よく言われているように、日本がノーベル賞をもらえるピークは今で、ここから先はノーベル賞を獲れる人材が出てこないというのはそういうことだよ。まだ今ノーベル賞をもらっている人は、戦前に教育を受けた先生に教わっている人だったの。私もそうなのだけどね。

なるほど。そういった先生から教わった人達は、「なぜ?」に対して思考をし続けることで、新しいものを創造できる人たちだったのですね。

けれど今になって、その教育内容を継げる人がいないから、ここから先はノーベル賞の受賞者が出てこないということなんですね…。

戦前の教育を受けた先生は、「教科書はこうだけど、他にこんな話があって~」という余計な話が半分くらいあったんだよ。教科書とは別に自分が知っていることを教えてくれていたの。

ああ、それ、大事だよね。

うん、大事だね。先生って教科書を音読する人だと思ってた。

!?(さすがにそれはひどすぎない!?)

まぁ、そういうこと。戦後教育はそうなってしまったので、今の教育からは次の人材は出てこないよ。その代わりの教育をやっているのが漫画なのであって、教科書じゃないのだよ。

次の記事 ⇒ 対談シリーズ「実学・精神学!」その2~歴史教育、こわい。~

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