対談シリーズ「無神論の教育が作り上げたもの」〜成績デコボコトリオは考える〜その6

HAYABUSA-2のプロジェクトみたいに、お金が無くても世界で闘えるノウハウが日本には既にあるのに、なんでそれを真剣に研究しないの?

HAYABUSA-2は、コスパ的には世界からすればありえないレベルの話ですよね。

コスパね。コスパ的な話をしていい?

どうぞ。

この国の未来にとって一番重要なのはさ、、、ほら、テスラの株価がとんでもない額で何十兆にもなったでしょ。東京都知事が2030年に東京都内、ガソリン車を廃止しますと言ったよね。

何そのおバカな発想は…※

どうかしちゃったんじゃない…※

※エンジン・金属加工技術など、自動車産業は日本の代表的な製造業ですが、都知事の宣言通り、エンジンで動くガソリン車を首都圏で廃止し、モーターで動く電気自動車を首都圏のメインの移動手段にしたとすると、これまで日本経済の主力だった産業業界、ひいては日本経済に少なくないダメージを与えることになります。「日本経済を潰す気か…」と思った二人の感想でした。(AKIRA)

中国でも半年前くらいに、2035年にガソリン車を禁止するという話がありましたよね。

テスラが独り勝ちになった最大の理由は、テスラが日本やドイツの産業の構築のされかたとは全く逆の方向に自動車産業を持っていったからなの。もっと分かりやすくいうと、電池の技術は日本が一番進んでいたんだけれど、テスラはもう日本の電池を使わなくてもいいの。テスラはソフトウェアによって課題を解決するという方法を取ったの。それによって電池の性能、モータの性能が重要ではなくなったのよ。

日本の重工業とは全く違いますね。

日本の産業基盤を全て否定するような方向に行っているの。完全に車がソフトウェア産業になっちゃったの。もっと言うとさ、三菱が飛行機(MRJ)を作って失敗したじゃない。

いつものことだけれど…

いつものことなの!?

昔から三菱は飛行機は作れないよね。航空産業をぶち壊しにされたから。あんなジェット機の黎明期に航空分野の研究開発を禁止されたら無理に決まってるじゃない…7年間も。

あぁ、戦後のGHQによる航空禁止令ね。

その間東大も「航空宇宙工学科」じゃなくて「応用数学科」だったからね。
テスラが自動車産業をソフトウェア産業にしたっていうのはそうですよね。プログラムも、ありものを組み合わせて自分のやりたいものを表現するようなものだけれど、自動車もそうなっちゃったんですよね。

それをやっていたら三菱のMRJは飛んでいたんだよ。例えば三菱さんは、1つ1つの部品の性能を上げるとかそういう馬鹿なことをやるの。

ああ、そういうのは得意だと思うな…。

木を見て森を見ず、みたいなことをやっていませんか?

それが今まで日本の美点だったんだけれど、それがここから先は弱点に変わるんだよ。ちょっと考えれば分かるようなことをこの国は何にもやらないの。

自動車も航空機もそうだし、システムインテグレーション業務だよね。システムという考え方そのものが日本は苦手だよね。システムをインテグレートするみたいな合理的な思考パターンは英語圏の人は得意な領域なんだよね。だって飛行機で言うとさ、ボーイングの羽なんかほとんど三菱が作っているんだよ。尾翼はSUBARUが作って、胴体も川崎重工が作って、ほとんど日本が作っている。

パーツは全部作れるのに完成品は作れないの。

謎…!

個別のパーツは作れるのに、システムとしての完成品を作れない理由は何なのですか?

ホンダジェットは小型飛行機の業界ではあっという間にNo.1になったじゃない。その差は何なの? 三菱にはできないことがあるんだと思うよ。

ホンダジェットは米国に開発拠点を持っていたのが良かったのかな?

じゃあ、三菱は飛行機の開発が上手くいかなくてホンダジェットは上手くいった理由は今後の宿題ということで…。

今度は面白い解答を聞かせてね。


あとがき

対談テーマ「無神論の教育が作り上げたもの」では、今回は教育をテーマに若手三人と会長で話してみましたが、いかがだったでしょうか?
あちこちに話題が飛んでいったので、少し今回の対談の内容を振り返ってみます。

■人材登用における問題
人材を採用する上で重要なのは偏差値で測定可能な学力ではなく、その人間の適性と才能を見た上で戦略的に配置することがどんな社会の運営にも不可欠のようです。(考えてみれば、当たり前のことではあるのですが)

明治以降、これまでの歴史を振り返れば、政府機関はほとんど旧帝大出身者で構成されてきました。その結果を見ると、国を最低限、存続させることはできたものの、それらの人材だけでは安定した国家運営には到底能力が足りなかった印象を受けます。

ただ、天によってこの国には才能が授けられているはず、という話もありました。天の采配を信じるならば、必要にして十分なだけ、才能を宿した魂自体は存在しているということですから、政府機関で働くべき人々は、学力試験では洗い出せないということです。

「軍事や教育に必要な人材は、余裕のある人々でないと大志なく担えない」という話も踏まえると、案外、政財界の子息令嬢に適材は多いのかもしれません。

■生計を立てるにあたる問題
生計の立て方は人それぞれ、適性によって各々固有のやり方があるのが自然な形に思われます。にもかかわらず、今の日本の教育は、全員を工場労働者として教育してしまうシステムになっています。

ですが、全員が労働者になってしまっては、国を作ることはできません。技術を作り、ビジネスを生み出し、次の時代に繋がるものを有効活用できる人材がいなければ、国の発展はありません。その点で日本経済は既にある種の行き詰まりを迎えています。

自分はどんな才能を持っているのか、何ができて、何に向いているのか? それでどうやって生活資源を獲得するのか? 子供の頃から戦略的な思考訓練ができる環境が、若い世代には必要なのかもしれません。
しかしながら、現代の学校生活はといえば、言ってしまえば労働者生活の模倣であって、社会システムの縮図とは言えない状態となっています。その点、薩摩・長州で行われていた集団教育方式では、政治家や将軍もいれば、参謀もいて、情報収集担当もいたし、実働部隊も補給部隊もきっといたのでしょう。

■正しい過去と出発点の重要性
歴史教育がどうしてここまで精神学で重要視されているのかというと、ひとつには、論理的な土台、前提条件の話があります。

ケーキ(結論)を焼こうと思って準備した材料(経緯)の中にあった白い砂糖(事実A)が、もし塩(虚実B)だったら…ただの塩辛い小麦粉と卵とミルクの塊が出来上がってしまいます。

歴史や原因を正しく学ばなければ、どうしてその結果になったのか、反省点は何だったのかが分かりません。正しい知見・洞察を得ることもできません。間違った思考過程で出た結論からは、正しく未来に繋がるものを生み出すことができないのです。

無神論による文明は「神はいない」という前提を元にしながら発展してきましたが、精神学では神の存在は既に証明されています。つまり、無神論は間違っていたことが分かってしまっています。
間違った前提で進む文明は、では、どうなるのか? その答えが、現代の社会、そのもの、なのです。

もし、この社会が明るく発展する可能性を学びたいと思ったならば、そもそも、神というものは何だったのかについて学ばなければなりません。
それも含めて、精神学での新しい時代の見方・考え方について、プロサピにて引き続き配信していきますので、参考にしていただければと思います。

「最終知識」の書影


もっとディープに学びたい!と思った方は、精神学協会のホームページをご覧になってみてください。
20年にわたって毎週会長がコツコツとリアルタイムで発信してきた「光文書(ひかりもんじょ)」や、「最終知識」という精神学の基礎知識(とそれを得るに至った過程)がドキュメンタリー形式で書いてある本など、様々なコンテンツがあります。会員の方には大阪・東京にて隔月でセミナーも開催されています。


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