対談シリーズ「無神論の教育が作り上げたもの」〜成績デコボコトリオは考える〜その4

先ほどの話にあった無神論じゃないですけど、「死んだら終わりだから生きている間に何をしてもいい、自分さえ幸せになればいい」というのが無神論の人達の一般的な行動原理です。日本でも無神論がはびこっていて、どの分野でも自分さえ幸せになれればいいという人は少なからずいると思います。

中国だったら研究費が出るから行くという研究者もいるよ。

それは沢山いますよね。

正しいことのために生きる、じゃないですけれど、善悪を判断できるための教育は必要かなと、話をしていて思いました。

その善悪を判断できる教育を、霞ヶ関の文部科学省ができますか?

無理でしょうね…。

言い方が悪いけれど、「貧すれば鈍する」じゃないけれど、個人の生活レベルでもそうなんだし、研究費が無いと研究は出来ないから、貧しくなったらおかしなこともするよね。
そんな時に一見魅力的なお金の話があったら、そっちに飛びついてしまうというのはメカニズムとしては理解できるよね。やろうとは思わないけれど。

そうすると、色々な人がだれの利益に奉仕しているのかというのを考え出した時に、奉仕したい人がいないのであれば(奉仕したい所に潤沢な研究費が無いのであれば)、自分で研究費を稼いでみようという発想が大切だと思うな。
研究をしようと思うと、科研費とか国からのお金を取りに行こうというのが今の主流だと思うのだけど、正しく自分のやりたいことをやるために自分でお金を作ってみようという発想を持って、お金を稼ぐための方法論を知っていればいいよね。そういう教育が必要だと思う。

本来、教育はそれをすべきだと思うよ。

「お金の作り方を考える力」を教育するということですか?

そうです。それを教育すると、税金というものの意味が分かるの。一人の人間は国家と同じなの。生きるという意味では国家と同じでね、一人の人間が生きるためにはある種の戦略があって、経営資源があって、それをどのように有効活用して、生涯で何を生み出して、どういう分野で貢献して、お金に換えて家族を養うのか? ということをシステムとして教えるのが次の時代の教育なんじゃない? 労働者を作っても仕方がないんだから。

そうですね。どうしたらお金を作れるのかっていうことを考える癖をつけてあげないと、歩いていけなくなる時代が来ていますね。雇ってもらうだけでは難しい時代になった。

労働者って、今までは社会の中にはめ込まれたひとつのピースであれば良かったけれど、もはやそういう時代ではないので、一人ひとりが国家のように戦略を立てて、お金を回して、どう生きていくのかという所をコーディネートできるようにしないといけないですね。

今の日本で一番無駄な教育って英語教育だと思うよ。なんで英語教育がいいの?

私が英語を真面目に勉強しようとした理由は趣味のためかな。
編み物がしたくても、日本の編み物の作品は私には古いデザインばかりだったから。海外の方が綺麗な作品が沢山あったから、英語を読もうと思った。趣味の情報集めのためだけに英語を頑張りましたね。

本来そうだよね。今のは一例だけれど、目的があってそのために勉強する。

うん。だから、やりたいことがあってそのために勉強するのならばいいのだけれど、求めてもいないのに教えられてもな、とは思う。だって日本で英語をしゃべれなくて困ることってどれくらいある?

会社(研究開発機関)の先輩が言っていたんだけれどね、「日本以外の世界の人は英語を学ばないと研究ができない。でも日本人は英語ができなくても、日本語の優秀な論文があるから、分野によるけれど研究に困ることは無い」と言っていたよ。

世界中の科学技術分野の翻訳文がそろっているのは日本語だけだからね。それ以外の国の人は英語でなければ科学には触れられないのだから。

確か、その国の言語体系の中に、論文の知識に対応する概念が無いのでしたっけ?

そうです。面白いのはさ、文部科学省が国際人を作ります、国際化しますという訳の分からない方針を出していて、それって何よって話でね。国際人レベルの英語で良いのだったら、フィリピンの人も日常的に話しているよ。物凄く無駄な経営資源の浪費をしていると思うのよ。

自分を国家のように考えるとそうですね。

それも、子供たちの頭が馬鹿になっている理由の一つだと思うよ。

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