対談シリーズ「日本を支配する悪魔と悪魔のくびきのその先へ」その13

対談
「最終知識」精神学を学ぶ人の道案内

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恐怖心を克服するだけで大きく人生が変わりますよね。

うん、変わる。恐怖心を克服するために、一番簡単な方法は武道を学ぶことです。昔の正統なる武道というのは、多分ね、人殺しの方法を真面目に教えていたはずなの。でね、日本の武道の良いところは早く殺しなさいなの。

長く苦しめないということが重要なんですね?

諸外国のギロチンとは全く違うシステムですね。でも、切腹は違いますよね?

切腹の仕組みが偉大なのかというとね。江戸時代において切腹というのはお侍さんがしょっちゅうやっていたんだよ。

しょっちゅうやってた?

うん。例えば有名な話であるのは、伊勢神宮の管轄下にある土地の川を付け替えてそこの領民の田んぼに水を分け与えるようなことを代官が承認したという事件があるの。

ふむ

ふむ

でね、その水路が完成した時にそのお代官様は切腹したの。

なんで!?

江戸時代の偉大な所はね、神百姓のために、自分が管理を任されている伊勢神宮の川の水を使いました。これは公に対する大罪ですよ。

大罪なんですか!? 農民がご飯に困っているのならば、水くらいあげてもいいと思うのですが…

今の感覚だったらそうだよね。その当時もその感覚が分かる人がいるわけです。何で日本の侍が士農工商かというとね、お侍さんの義務は責任を取ることなの。責任を取るということがどういうことかというとね、自分で罪を背負いましたという切腹の場合には介錯(※通常の切腹で長く苦しまないよう、介錯人が刀で頭を落として即死させること)も無いのよ。腹を切って苦しんで死んでいくの。でも、ちゃんと上申書を書いて、私の承認した水路は以降この領民のために使わせてください。その責任を取って私は腹を切りました、っていうのがあがるとね、上は何のお咎めもしないの。それがこの国のシステムなの。

責任を全部被って死んだ人がいるから…?

そうです。それをお侍はやらざるを得ないの。それをやらないと、責任を追及されるの。

あの…私だけですかね、いい話に聞こえないのは……

男だったら分かるよ。

そういう文化があったから今の社会があるのではないか?と思ってしまうのですけれど…何かあったらすぐ責任追及されて、リスクだなんだかんだ言われて次が作れなくなる亡国への道が…。

それは違うと思う。江戸時代においてね、自分で腹を切らなかったら上位討ちされるの。上の意思で殺されるの。上から命が下った時には、そのお代官様はお家断絶なの。奥さんも子供も生きていけないの。でも、自分で切腹した時にはお家断絶にはならないの。それが絶対的な江戸時代のシステムなのだよ。

この話を外国の方が行くと、神のために人間を生贄にするよその国の文化と重なって見えると思うのですが…誰のために自分の命を差し出すのですか?神に差し出したいわけではないですよね。だって、人の命をささげられても日本の神様は喜ばないですもん。

そうは見えないと思います。彼の命は領民のご飯の糧になる水路と引き換えになったんだよ。男の仕事としては立派な仕事だと思わない?命をかけて仕事をするということはそういうことなんだよ。

命をかけて仕事をするという文化があったら、政府も今のようにならないですよね。自分の仕事は命がけであると思って仕事をしていれば。

そう。それを全部ひっくり返したのが、明治以降の今日までの歴史だったの。

責任逃れをするために色々隠したということですか?

ううん。それはこの国の明治維新が天皇の暗殺で始まっているから仕方ないの。ということが全て公にされた後で新しい国造りをしないといけないよと言っているのが、日本の神様業界です。責任が問われないと思うなよって。だから、最後の審判と同じなの。神様業界において許しなんてないの。

ああ、だからこの国は一回滅びないといけないのですね。(明治維新と昭和の敗戦で今の国が作られたから)

そうです。今のこの国の形は許してもらえないの。

次回は12月24日更新予定。お楽しみに!


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