対談シリーズ「実学・精神学!」その6~「始まり」に誤りあり〜

最終知識に書かれている話に、一人ひとりの魂のもとたる神は一神教の神様だというものがあるじゃないですか。ここまで、西洋文明は聖書を前提として作られてきたという話をしてきましたが、精神学の知識をベースにすると、社会を一人ひとりの人間に置き換えて考えても、聖書の神様と同じことが起きていると言えると思います。旧約聖書の神様は自らを「ねたむ神」であると言っていて、これは正に人間の特性そのものです。一人一人が、この問題の構造を知らないと嫉妬深く妬み深いといった人間の問題は解決できませんよね。

うん。

これを知識として知っているだけではダメなのですか?先ほど、今の人間の問題、つまり一神教の神様の問題を解決するためには、一人一人が神様に会わないといけないという話がありました。知識として知るだけではなくて、神様に会わないと自分の魂の問題も解決できないのでしょうか。

知識として知っただけで、人生は変わると思います。要するに一神教の神が日本の神々のもとだということ、この地球の神々は一つの神から生じたものに過ぎないということが分かったら、自分も同じものだから。

<ええと…地球の神々は一神教の神から生じたものに過ぎない。けれど、この世界自体には自己修正のプログラムがあって、西洋文明と日本文明はそのために用意されたという話だったっけ…>

この知識を知ることで、一神教の神の問題は(そこから生じた)自分の問題とイコールであることが分かりますね。聖書に既定されてきた2000年の歴史の先で、「1個の人間」として生きていくためにはこの知識が必須ですね。

皆、科学は実学だと思っているでしょ? でも、科学の出発点って何?

一神教の神様を証明しようとしたことです。

え、それって結局キリスト教じゃない?

科学の出発点になるのは聖書なんだよ。その聖書の時代が終わった時に、科学というものの立脚点がガラガラと崩れていくの。

以前、今の科学が無神論なのは、一神教の神様が神ではないと証明されたからだというお話しをしましたよね。一神教の神様を証明しようとして、逆に神は「いなかった」、つまり一神教の神様は人類が思うような 全知全能神ではなかったと証明してしまった。人知は凄いですね。

でも今の最先端の科学は、「一神教の神のような全知全能な神は存在しないけれど、この宇宙を創った存在はいる」というところに至っているじゃない。

つまり…、一神教の神様はこの宇宙を創った神ではなかった!?

そしたら現行文明の立脚点そのものの立脚点を疑わないといけないでしょ。哲学も数学も考え直すべきではないですか?

一神教の神様が許していたから奪ったり殺したりしてきたのに、一神教の神様が絶対的な神様ではありませんでしたとなったら、「自分たちがしてきたことって何だったんだろう? 決定的に間違ったことをやってきてしまったんじゃないだろうか?」ってなるよね。

科学を超える科学を生み出そうとしたら、精神学を知ってからスタートしないと、現行の科学を超える学は生まれないのよ。

立脚点が全く違うからかー!

ここまでの話をまとめると。
現行の西洋文明をベースにした社会の基本構造は聖書に由来していて、科学の立脚点も聖書にあります。
聖書を根拠に、自分たちが全てを奪い支配しても良いと考えてきた人たちがいて、その結果、数パーセントの大富豪が地球のほとんどの富を所有しているという今の地球の姿になってしまいました。

精神学の知識が無くても、今の地球の状況を見ると、西洋文明の邪悪さを疑った方がいいように思いますが……。一神教の神は全知全能という意味では偽りの神だったので、一神教の神には支配の正当性が無かった。そうなると今の社会の立脚点がそもそも間違いだったことになるので、出発点を正して、そこから新しい社会を作り直さないといけない。

この思考に至らない限り、一神教の神の物語・時空間の中で人は生き続けることになる。
今の地球を見て分かる通り、一神教の神の思想をベースにした社会の中では人は幸せになれないので、人が人らしく幸せに生きていく社会を作るためにはどうしても出発点を改める必要がある、ということですね。

次の記事 ⇒ 対談シリーズ「実学・精神学!」余談1~天神様が神様になったワケ〜

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