対談シリーズ「実学・精神学!」その5~なぜ、精神学が実学なのか〜

戦国時代には、キリスト教が語る神を正しくないと直感的に思っていた人がいたかもしれないけれど、今は一神教の神をベースにしている西洋文明を大多数の人が正しい、先端的だと思っていますよね。というかそういう教育を私たちは受けてきたじゃないですか。

西洋文明をベースにしたイデオロギーの中で生きていたいと思う人は、精神学を学ばなくてもいいけれど、「西洋文明って聖書という一つの思想の上に成り立っているものだよね? これって本当に良いんだっけ?」と思う人は精神学を学ばないと「1個の人間」としてこの社会と向き合うことはできないですね。

<注釈>前回の最初に会長が言っていた「奴隷的生活」という言葉は、西洋文明をベースにした社会制度の中で盲目的に生きることを意味していたんだね〜

今の時代「1個の人間」として生きたかったら精神学を勉強するのだということだね!

そういうことだね。羊飼いについていくならそちらの世界でどうぞということですね。でもこういう感覚を持っている人って沢山いると思います。私は学校の授業を聞いているといつも絵空事を聞いているように感じていました。地に足がついていないというか……

これから一番明らかになるのは、西洋の近代というものが何を私たちの目から覆い隠したのかということだよ。

「あれ?私たちってヴァーチャルな空間で生きてきたのかな?」、「メディアや綺麗ごとを並べる人達が見せていた情報によって世界を見る目がつくられていたのかな?」って気が付きますね。

この話とは直接関係がないかもしれませんが、最近のコロナウィルスの報道を見ていると、メディアが非科学的な情報を流したり、異常なくらいに人々の恐怖心を煽って世論を形成していますよね…。私たちはFact(事実)ではなくて、メディアによって作られた世界の中(限られた情報の中)で思考して、メディアに誘導されながら生きてきたのだなと痛感しました。

それに気が付いたら、精神学を学ばないと生きている価値がないよねということになると思います。
もっと実学的な話をするとね、精神学を学んで私たちの意識が過去にも未来にも行けるということが分かったら、歴史の真実の物語が頭の中で再構築されるの。精神学的な歴史の真実の中では間違いなくイエスキリストは生きているし、過去に生きた人達は皆生きている、エネルギーだということはそういうことなの。過去は見ることができる、そして未来にも行ける。で、どんな未来に行きたいですか?

少なくとも中国の支配下に置かれる社会はノーサンキューです!

(爆笑)

人が普通に人らしく生きられる未来に行きたいです。そういう未来を創りたいです。

そういう未来を作るためには今の日本の社会では無理でしょ?

はい、無理ですね。

そういう未来を創る答えを考えて、例えばね、民主主義という西洋由来の発想の延長上でいくら政治が頑張ったからって、次の時代の扉は開けないよね、という思考に至った時に、やっぱり聖書の問題を解決しないと次に行けないんだという所に行きついたのならば、精神学を学んだらどうですか?そういう問いを持った時に、初めて精神学が実学になるの。

私が精神学は実学だと言っている最大の理由はね、世の中に出て少しでも社会を改善しようとした時に、今の社会の中では必然的に多くの脅迫に晒されるのよ。
それはキリスト教の歴史の中で刻まれた迫害と弾圧の歴史と同じように、今の社会でも正論を吐いて、これは間違っていますと言ったら社会的に排除されるし、下手すると冤罪なんか作られて刑務所に入れられたりする。今の社会の根本的な問題とその理由はどこにあるのですか?と考え続けた結果として、最終的にはこれは神の問題なのだということに気が付かないといけない。

その時にね、神の問題なのであれば、神が解決すべきですよねって、神に向かって問うべきなの。それを問い続けた人達の多くの疑問の上に精神学が成り立っているの。「神よ、神よ」と問い続けたもの達が幾万といて、最終的な答えとして、神がその問いに答えるための構造を教えるのが精神学なの。上がってらっしゃい、上がってきたら神と接触できるよと。

だから神と接触したくない人は精神学を学ばなくてもいいのです。でも、神の問題を解決できないと人間の問題も解決できません。

今の人間の問題を解決するために接触しないといけないのはイエスの神様でしょ。

一神教の神様。

その一神教の神様と会うためには、どうしても一人一人がイエス様に合わないといけないのよ。

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