「シンロジカル・サイエンスの可能性の考察」その1~科学は神を再発見できるか?~

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「最終知識」精神学を学ぶ人の道案内

波動や精神エネルギーのことを、宗教だとかオカルトだとか一般の人は思うのかもしれません。

「幽霊なんか信じてる方が馬鹿じゃん。オカルトだよ。科学的じゃない」とか、よく漫画やアニメの中でそんなセリフを見かけます。

オカルト? スピリチュアル?

私たちに言わせてもらえれば…科学絶対論者の方がオカルトです。
彼らは「科学は絶対だ」と信じているからです。
私にしてみれば、それは宗教と同じ立ち位置でしかありません。

「既存の知識以外のものは科学ではない。」
「神以外の神を名乗るものは神ではない。」

どちらも同じ論理でできているではないですか。
既存のもの以外は認めない、自分たちの定めたもの以外は認めない。どんな実験的根拠も論理的根拠もなくそう否定する、それを宗教というのです。

科学は絶対ではありません。全能ではありません。
歴史的に、いくらでも間違ってきました。コペルニクス的転回が起こるまで、天文学世界は天動説で回っていたのです。ガリレオがピサの斜塔から重さの違う鉛玉を一緒に落とすまで、重力加速度の正しい知識でさえ知られていなかったのです。

科学者はいろいろ世界の事象を研究して、その結果を発表して、議論して、実は世界はこうなんじゃないかと、世界の見方を組み立てているだけです。

 この実験で真に特筆すべき点は、これが“実験”だったということだ。それまでの科学研究における主張は、もっぱら頭の中で思考されるか、神学的原理に沿って議論されるものだった。それに対しガリレオは、科学的主張は 実験によって証明するという理念を打ち出した。このシンプルな理念はしかし、当時としては画期的だった。

 さらにガリレオは、科学的観察には数学が不可欠だと提唱し、自らの観察結果を表にして報告した。これは現在の実験ノートの原型だ。

NATIONAL GEOGRAPHIC,「ガリレオの功績:落体の物理学」, 2021/5/21参照

もう一つ、精神学(Shinlogy)を学んでいて、「科学はこの時点で不幸だったな」と思っていることがあります。

科学者や数学者というものは、主にキリスト教世界でその人智をはぐくんできた背景を持ちます。
ゲーデルという、不完全性定理を見出したある天才的数学者は、神の実在を証明しようとさえしました。

ただ、ある時点から、科学は神の存在を見失ったように見受けられます。
もうちょっと詳しく科学史を追っていく必要があるなとは思うのですが、「全能である神はいない」という一つの観測結果を得て、そこで早とちりした人間が数多くいたような印象を受けます。

たぶん、そのあたりの時点で、次のような演繹法が導き出されているはずです。

1.「神は全能である」(一般論)
2.「全能である神はいなかった」(観測結果)
3.「つまりこの世界に神はいない…!」(結論)

無神論の爆誕です。可哀想に…。神を求めた科学者たちが信ずる神を失って絶望する瞬間です。

精神学的見地からやさしくツッコミを入れさせていただきます。
この演繹法、間違っているのです。

キリスト教世界では、神は全能でなければならなかったのですが…、精神学と最終知識では、聖書に現れる全知全能を名乗った神でさえ、後に、自ら「私は全能ではなかった」と悟ったという、聖書のその後の物語を発見しています。

自ら責任をとって、地上にいる人の子の、それぞれの魂の中へ降りて行った、ということが分かっているのです。

科学的実験であれば、仮説を元に、実際に検証してみて、思っていたのと違う結果が出たら、それを考察するものなのですが…

証明問題では、前提条件の捉え方が間違っていると、間違った証明をしてしまうのですが、この前提の間違いに人々は気付かなかったか、認めようとしなかった。

「神は、絶対に、全能である」と、固く信じていたために、前提条件の間違いに、気がつかなかったのです。

つまり正しい前提に基づいた演繹法ではこうなるはずです。

1.「神は全能である」(仮説条件)
2.「全能である神はいなかった」(観測結果)
3.「神は不完全な存在であったかもしれない」(結論、仮説条件の否定)

でも、こうなっても、キリスト教世界の自己否定、アイデンティティの崩壊になってしまう。
じゃあ、私たちは、いったい、何を信じてきたのか……と、絶望する人たちが出てきてしまいます。

ただ、聖書の神の物語には、誰も知らないけれど、その続きがあったんだよ、と教えているのが精神学です。

「私は全能ではなかったから、責任をとって人の魂の中に降りることにした。けれど、聖書で約束したことを果たすために、この世界に私の出した結論を示しておこう」

そんな風に考えて、聖書の神はある行動を起こしています。

次の記事 ⇒ 「シンロジカル・サイエンスの可能性の考察」その2~聖書の神を世界史から追いかけてみた~

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