「難しい? 精神学と最終知識」その6〜精神の免疫はどうやって強くなる?〜

「難しい? 精神学と最終知識」
「最終知識」精神学を学ぶ人の道案内

精神エネルギーに対する耐性を高めるためには、精神の免疫が重要であるというのが、先週までのお話でした。
では、精神の免疫はどのように成長していくのか?

ここは、先週のブログの記述がヒントになりそうです。

「どれだけ人間として、神に近づいたか、という尺度において、どこまで高い水準に自分の「格」を高められたか、その過程こそが、人間の神性の精製であり、人間としての魂、精神の目覚めであり、進化であるということになります。

一般には、この精神性が高まっていくほど、精神の免疫も強くなります。」

精神性の高さと、精神の免疫は比例する。
この精神の目覚めは何によって進行するのかの答えが、最終知識に書いてあります。

内なる神を超えて、同行者は、2000年分の精神的進化をいまからはじめるよう義務づけられていた。その精神的目覚めの引き金を引くのは、ほとんどの場合、試練である。正しい試練とは、耐えられ、乗りこえられるものである。

積哲夫(2006) 「最終知識」 SEKI Publishing 5章「精神の免疫」6節

試練、テーマ、言い方はいろいろありますが、要するに、人生において人間的成長のために、乗り越えたり、取り組むべき壁、問題というものが必ずあります。
それはいつも、自分の内側にあって、かたくなな思い込みや、意地や、本来不要な信念であったりしますし、人間関係における学びであることもあります。
時には、辛い思いをするような、病気や怪我が伴うような事件であることもあります。

そこで、なぜ、自分がこんな目に合わなければならないのか。そう思う意識の根っこに、大抵の場合、問題があることがほとんど、なのです。
そして、その邪魔な根を取り除かなければ、神性が成長する余地が生まれない、とも言えます。

いつも、その根を取り除くためには、自問自答を始めなければなりません。

目をそらし続けてきた、自分の一番邪悪な部分。その奥にあるものが、実は、自分ではない何者かであるかもしれないとしたら、どうしますか?

「それ」を見極めることが、精神の免疫であるとも言えます
自分の中のいびつな人間性、心の動きについて考え続けた結果、ある日、「これ」は本当の自分の中から来た思いではない、または、「これ」は自分の中の暗黒的な側面だ、と気づくのです。
自分由来のものと、そうでないものの精神エネルギー、または意識体を区別して処理するためには、この思考訓練がどうしても必要になります。

そして、それを判別する精神の種子を成長させるために、世界にはある言葉が用意されていました。それが、聖書の中に記録された、イエスの言葉です。

実のところ、精神学協会の正会員になると、正会員として知っておくべき知識として、学習プログラムが1年間ほど、通信教育形式で送られてくることになります。その中のひとつに含まれているほど、イエスの言葉は精神の成長にとって重要なファクターとなっています。

ここで、最終知識のうち、今回の内容に関係があると思われる記述を、いくつか示しておきます。

「””」でくくられたところが、ひとつひとつの抜き出しとなります。

“聖書におけるイエスの言葉は、矛盾に満ち、怒りを内包さえしている。しかし、知るものが知らぬものに、伝えようとする断固たる意志がある。そこに、私が精神と呼ぶものを成長させる因子があるのだ。”

“あらためてくり返すが、精神とは、人間のうちで、精製された神性なのだ。”

“イエスの言葉は、人間の精神進化の重要な鍵である。”

“ここで私は、イエスの神の国は、長期間もつようにしくまれた、壮大な共同幻想であると考えた。その背後に、やはり神の存在を感じた。多くの人間は、この神、あるいはひとつの意志の存在を、やはり、潜在的に知っているのではないか、というのが、人知の結論だった。〈アマツツキ〉の光のデータは、このしくみを地上に置いただけでなく、しっかり管理し、介入し、方向づけをしたことを示していた。この物語のなかで、精神は進化してきた。”

“しかし、光のなかで同じ情報を共有する悪魔もまた進化してきた。これを知った上で〈アマツツキ〉がイエスの言葉のなかにしくんだ精神の進化因子の到達点がある。それが、最後の審判である。

その日、その時、を誰も知らない。”

積哲夫(2006) 「最終知識」 SEKI Publishing 5章「精神の免疫」8節

次の記事 ⇒ 「難しい? 精神学と最終知識」その7〜「その日」がいつかは、あなたが決める〜

タイトルとURLをコピーしました