AKIRAの雑感~オリンピックとかCOVID-19とかいろいろ~その3

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「最終知識」精神学を学ぶ人の道案内

オリンピックが終わった途端、全国的にすごい雨が降りましたね。
猛烈な雨が降り、各地で大きな被害が出たことと思います。
現地の人々のご無事と、早期の復旧をお祈り申し上げます。

続・COVID-19パニック

さて、COVID-19の全体的な印象について先週書いていましたが、今回はPCR検査と新型コロナの陽性者・感染者の定義を切り口にちょっと考えてみようと思います。

COVID-19の検出方法として、今のところPCR検査がとられていますが、PCR検査というのはかなり複雑な手順と専門的な知識、スキルによる判断を必要とする検査です。機械だけは増やせても、判定の要となる作業者である検査技師はそう簡単に増やせる人材ではないのだとか。

それを、ものすごく多くの機関で回せるようにして、人手も機械を回して数値をとりあえずは読める、最低限の訓練で確保した……?というのが、ざっくりと見た場合の日本国内の現状のようです。

ただ、PCR検査で陽性・陰性というのは、それぞれ何%の確率で、ウイルス性の病気について陽性だ、陰性だ、といっているだけです。

PCRの結果による感染可能性の高さと実際の症状、対象者の周囲の状況から、総合的に病気の人を診断しなければならないのが、お医者さんの役割です。COVID-19で肺炎になった場合、非常に特異な影が肺のCT画像に映るというので、その場合は総合診断は容易かもしれませんが、特に何の症状もないという場合、非常に判定に困りますね。

このPCR検査も必ずコロナウイルスだけのDNAを検出するのかというと、そうでもないという話もあります。(インフルエンザや他のウイルスであっても陽性判定が出る可能性があるという話まで…)

何が正しいのか、情報を調べようにも、玉石混交、情報が錯綜しすぎて、素人目ではとても判断ができない……というほど、PCR検査については賛否両論があることが分かります。

たとえ陽性であったとしても、周囲に風邪症状の人がおらず、本人もほとんど症状がない場合、偽陽性か、これから発症する患者予備群なのかを判断しなければなりません。
反対に、陰性であった場合も、状況で判断を迫られます。何もしなくていいのか、要観察にするべきなのか、判定しないといけない。

と、考えていると、やっぱり現状の感染者全員を隔離するとか、コントロールする、という管理体制に無理があるとしか思えない。キリがない。無理があってもやるんだ、という話も結構ですが、それだと後が続きません。こんなことを続けていれば、いずれ体制が崩壊することは目に見えています。いえ、もうすでに管理体制は崩壊しているといえそうな状況です。

COVID-19の致死率について、当初は2%だと報道・発表されていましたが、現在日本で発表されている累積数値から単純に計算した場合、死者数は感染者として報告されたうちの0.1~0.2%程度です。もちろん年代別であればばらつきが出ます。高齢者の人ほど死亡率が高い。

ただ、今、必要なのは、COVID-19が今、他の病気と比べてどうなのか。同じ程度の病気があるのか。だとしたらその病気では、過去にどんな対応をしてきていたか。その対応で今回も適切か。そういう、取扱の判断基準の更新のように思えてなりません。

一旦、これまでの印象をすべて白紙にして、ゼロベースで今の状況を捉えなおして、仕切り直しをするべき時期がきているように思えます。


……と、ここまでいろいろと考えながら書いていたのですが。

仕切り直しをしよう、有効性のある策を打とうと考えても、利害関係やら、マスメディアによる政権叩きやらで、必ず何かしら妨害にあっているのが今の政府なのかもしれません。

どうしてそんな利害関係が生まれているのか。叩くことで誰にうま味があるのか。
現在の複雑に見える問題をひとつひとつ紐解いて、根っこにあるものが何かを眺めて、単純にシンプルに考えていると、結局みんなお金が欲しいから、奪いたいから、自分が一番、得をして、この世で強い存在でいたいからだ。と、人間の思いの問題に行きついてしまいました。

マネーへの欲望に駆られている限り、どんな問題も複雑に膨れ上がって、誰もが本来恐れる必要のない生命の危機に晒されることになる。
そして、この問題は膨れ上がれば膨れ上がるほど、管理も支配もできなくなっていくという、厄介な性質を持っているのです。

続く・・・


次回は8月27日更新予定。お楽しみに~

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