「シンロジカル・サイエンスの可能性の考察」その4~神っていったって知力には限界があるんです~

ブログ
「最終知識」精神学を学ぶ人の道案内

前前前回からのあらすじ(「君の名は」かよ(もう古いわ

1.「神は全能である」(仮説条件)
2.「全能である神はいなかった」(観測結果)
3.「神は不完全な存在であったかもしれない」(結論、仮説条件の否定)

でも、こうなっても、キリスト教世界の自己否定、アイデンティティの崩壊になってしまう。
じゃあ、私たちは、いったい、何を信じてきたのか……と、絶望する人たちが出てきてしまいます。

↑と書いたのですが、そういえば私ってば、別にキリスト教世界のアイデンティティを守り隊などではありませんでした(じゃあなんでそんな書き方したんだ)

私がなぜ、聖書の神の行方を追って、日本の歴史の話をしたのかというと、「約束されたことは必ず果たされる」という契約の性質のお話をしたかったからです。

聖書の神がイエスを遣わし、イエスが去った後、キリスト教世界は神の存在を求めて科学を発展させてきました。が、その出発点にあった「神」の真実は、彼のものは実は完全な存在ではなかった、という結論となって現れました。

科学というものは、いえ、科学に限らず、世界は論理性をもって構築されています。

演繹法の話で、証明問題では、前提条件の捉え方が間違っていると、間違った証明をしてしまう、と述べました。
これの意味するところは、出発点のポテンシャルが、終着点の限界を決定する、ということです。

精神学的には(Shinlogically)、世界の文明もこれと同じ性質を持っています。
聖書の神によって規定される文明は、その神にできたことの限界までしか発展できない。つまり、必ず最後には行き詰まりを迎えて滅ぶ運命にあります。

今、私たちの文明はその最後の行き詰まりを迎えようとしているのです。
物語として語るならば、その行き詰まりはこのように読まれます。

人間は、聖書の神を出発点として、あれこれ試して、この地球上で豊かになろうとしました。
だけど、人が増えるに従い、途中から狡猾なものたちもそれだけ増えて、最後は結局、ごく限られたわずかな人たちが皆の富を集め、世界を支配するようになってしまい、その人たちだけしか豊かにはなれませんでした。

多くの人たちは神の姿さえ見失い、神はいないと結論しました。本来自分たちがもらえたはずの豊かさを知らないまま、毎日苦労して朝から晩まで働き続け、それでも食べていけなくなったものは、絶望して死んでいくことになりました。

そのラストのページは、ハリウッド映画のマトリックスに語られるような未来への道筋へ繋がっているとしか思えません。


…ていうか、この物語最悪だな! 誰が書いたのこんな全く面白みもない筋書き! ストーリーテラーとしては三流以下もいいところよ!(落ち着けい)

…さて、茶番はこの辺にいたしまして…。

なぜこうなってしまったのか。
聖書の神の能力では、無神論という論理に対抗できなかったから、と精神学(Shinlogy)では読み解きます。

聖書の神由来の知力では、無神論を処理することはできませんでした。その結果、神なき科学の文明が現れ、多くの人からしてみれば、悪夢としか言えないような結末へ導かれようとしています。

けれど。
世界のルールとして、契約は必ず果たされる。

ぶっちゃけましょうか〜

聖書の神が出発点の知識では、無神論に敗北して世界がダメになってしまったよ…OTL

なら、無神論を処理できるほどの知を出発点として、
世界を科学しなおしたらいいじゃない(`・ω・´)←とある神

ほれ、日本列島に、この負け戦みたいなストーリーの逆転勝利のタネも
ちゃんと仕掛けておいた
ぞよ(`・ω・´)←とある神

一緒にこの負け戦世界、ひっくり返してみないか、
今なら仕事はやまほどあるぞい(`・ω・´)←とある神

そんな風にして、ある神が宇宙の外からやってきて(ただしクトゥルフなどではない)、

ばーんといろいろ教えてくれた最高レベルの神知を、体系的にまとめた学問。それが精神学(SHINLOGY)なのですー。(ただし合言葉は「最終知識は/クソむずい」)


つまり、今のキリスト教に規定される世界の問題は、理論的には精神学(SHINLOGY)を進めていけばまるごと処理できるようになるんですね…。

精神学(SHINLOGY)は…いいぞ…(宗教かよ(宗教じゃないよ、有神論の学問だよ

というわけで、や〜〜〜〜っとShinlogical Scienceのお話です!
長かったぁ〜〜〜! 前フリが! 長すぎたぁ〜〜〜!



次の記事 ⇒ 「シンロジカル・サイエンスの可能性の考察」その5~精神エネルギー、それは7種の力…~

タイトルとURLをコピーしました