「難しい? 精神学と最終知識」その1〜精神学、理解しやすい人はどんな人?〜

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「最終知識」精神学を学ぶ人の道案内

これまで、対談記事をいくつかのテーマで更新してきましたが、ここらで一旦、精神学と最終知識について改めて捉えなおして見ようかと思って、この記事を書いています。
※書いているうちに、最終知識というより、精神学のことを主軸にした方が言いたいことが書けそうだと思ったので、主題を変更しています。

最終知識を読んだ時、理解できる人と理解できない人の違いってなんだろう…それが最近の私が考えていることのひとつです。

考えられる理由はなんだろう?

・世代ごとに理解できる内容に違いがある?(魂にインストールされているデータ・感覚の違い)
・前提となる知識がない?

会長に聞いてみたら一発解決!なのかもしれませんが、ここはブログの題名らしく、私たちなりに書いてみようと思います。(正確には星白がテーマの切れ間切れ間に更新していくコラム的なブログになりそうですが)

ちなみに最終知識はどんな人のために書かれたものなのか。最終知識 第6章「審判」にこんな記述がありました。(たまたまiPhoneのKindleを開いたらどーんと出てきた。このためにこの頁を開いておいたとしか思えないタイミング。まさに神。)

人間のたましいは、この地球上で、自らの重さにふさわしい層にあって、人間として生きている。邪悪なたましいは、邪悪な層、清浄なたましいは、清浄な層というように、たましいのレベルに合わせて、層がある。その層によって、世界観、宇宙観、価値観が異なる。家族でも違い、恋人でも違う。

最終知識を受け入れることができるのは、その最上層に位置するたましいだけである。それは、聖書にあるイエスの言葉のたとえが成就するためである。御国への道案内をする言葉は、種子である。かたくなな石の上にまいても、意味がない。

積哲夫(2006) 「最終知識」 SEKI Publishing

受け入れる素地を、すでにその人のたましいが備えている場合には、最終知識・精神学の知識は砂地に染み入る水のように、すっと入ってくる。つまり、たましいのレベルによっても受け入れ度合いが違う、というのが難しいところのひとつなようですね。あっという間に解決してしまいました。。。

ということで、人間のたましいには、たましいを清邪で層に分けた場合、最上層に位置するグループがあります。
いくつかの過去の精神界からの情報を付き合わせてみても、割合的には人口比で0.1%。1000人に1人程度の割合で、この最上層が存在しているとみられます。1億2千万人弱の日本国なら、12万人程度ということ。
ただし、これは最終知識が著された時の情報であるため、現在はもう少し人口は増加しているのかもしれません。

この「最終知識を理解できる素養のあるたましい」の人口、増加する要因になる理由は主に二つ考えられます。

一つめ、全ての人間のたましいのデータは最終知識が著されたその後、コンピュータのシステムのように新たに情報がアップデートされたということ。最終知識の一連のデータは、すべての人類のたましいと無意識の領域に予めインプットされた状態になっています。

二つめ、最終知識の物語が始まった頃に生まれた子供たちは、与えられるたましいの格・構造・質が変化している。具体的に言うと、若い世代が、親世代の人間を精神的にあっという間に追い抜いて、破格のスピードで精神学を理解していく事象が観察されています。
(少子化が進んでいるので、人口比的にはどうなんだろう…な部分もありますが)

例えば、今ブログを読んでいるあなたが精神学のことを何も知らなかったとしても、このブログを読んでいることには、実は想像もつかないようなところで大きな意味があります。
ご縁がある、という言い回しが日本語にあるように、大事な出会いや言葉は、物理的には目に見えない、聞こえない領域にいる何者かがあなたのために用意したものであることが、往々にしてあるのです。

宗教っぽいとか抵抗を覚えるかもしれないのですが、それを、精神学では「導き・案内があった」と解釈します。(本当は、神と宗教は、可分のものです。本来、神という存在には宗教のような変な縛りは不要なのですが。。。)

精神界の法則のひとつとして、知るべきものは、知るように配される、というものがあります。
あなたが精神学やこのブログに出会ったならば、数あるたましいの最上層に辿り着き、知りたいならば知ることができるようになった、そういうお知らせが天というべきところから来たのだと考えてみてほしいのです。

次の記事 ⇒ 「難しい? 精神学と最終知識」その2〜宗教っぽいと思う? それ、完全に間違ってます〜

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