対談シリーズ「日本を支配する悪魔と悪魔のくびきのその先へ」その9

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「最終知識」精神学を学ぶ人の道案内

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では、先ずは浄化と上昇をして「神よ神よ」と問い続ける。私も実際に学校でいじめられて辛かった時に、「神よ神よ。どうか私を光に導いてください」と話続けていました。では、浄化と上昇をした次はどうしたらよいですか?

その次は「自分の人生のお仕事は何ですか?」と子供ながらに考えるはずです。

何のために私は生まれたのですか?という問いですか?

その前に「死んだら私はどうなるのですか?」という問いを考えると思います。子供にとって最大の恐怖は死だから。多くの子供は、今日寝て明日の朝目が覚めなかったら僕はどこに行くのだろうという問いは、皆考えたことがあるはずですよ。

小学校の頃の記録がほぼない…

私はどちらかというとそれを既に超えていたかも?小学生になりたての頃に、既に昔のイデア論みたいな発想をしていて、私はひょっとしたらどこかから夢を見ているのかも知れない、と考えていたことがある。

そういう思考訓練を多くの子供たちはするはずなの。夢を見ている間と現実は何が違うのか?とか、死んだら人はどうなるの?とか。

それを学校で教えられる答えって一応あるじゃないですか。人が死んだら終わりですというような、世の中のほとんどのものはそういう価値観でできているから。

「人は死んだらどうなるの?」と子供に聞かれた時に親御さんがどうこたえるかだね。

人は死んだら終わりだから、好き勝手生きたらいいんだという答え方をする親なのか、人は死んだいいことをしたら天国に行けるし悪いことをしたら地獄に行くよと教えるか、ですかね。

うん。それが昔の日本の仏教社会の典型的な答えだったね。一番肝心なのはそこなの。「死んだらどうなるの?」という問いと、「あなたが生きているということはかけがえのないことなのだよ」というある種の価値観を与える教育を親御さんもできないし、教育者もできない。

誰も教えられないつけが自分に回ってきて、最終知識を読んで自分で整理しなおさないといけないというのは今の状況ですかね。

そう。最終知識に辿り着ける子は、それこそ一厘(0.1%)以下でしょう。

1000人に一人もいるかどうか……

そんなにいないですよね。本当は最終知識は子供の頃に読んだ方がいいですよね。

子供が理解できるかどうかは、あるかも知れないけれど

分からないながらにも、読み続ける子はきっといますよね(それが私)。分からないながらにも、ここに答えがあるかも知れないと思う子はいると思います。

赤ちゃんの時から最終知識を読み聞かせている人がいるのだけれどね。

どうなっているのですか?

子供は頭が良くなっています。今の日本の社会で一番重要なのは、皆大学に行くようになっているけれど、Fランクの大学ってあるじゃない。あれって読み書きが苦手な子が大学に行っているの。そこで何を学んでいるの?

その状態で大学に行っても何も学べないのではないですか?

私が言いたいことが分かった?教育というのはさ、何を学んだらいいかが分かる頭をつくるのが教育なんだよ。

今の若い子はやりたいことがないとか、夢がないと言うけれど、それを見つけられないのですよね。

それは教育の失敗なのよ。

夢中になることが無い、分からない。

私もなんにもなかった。

だから、その出発点は何なのですか?ということですよ。

何度でも浄化と上昇をして、「私は何のために生まれたのですか?」と問うべきだと思います。

個人は問うべきだよ。親御さんに私が問いたいのはさ、子供をどういやって育てますか?というお話しなのよ。

次回は11月26日更新予定。お楽しみに!


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